職場のカサンドラ症候群とは、発達障害の特性がある同僚や上司との関係で意思疎通がうまくいかず、支える側が心身に不調をきたした状態を指します。家庭と違うのは、相手も関係も自分では選べないことです。
席替えも担当替えも自分では決められず、避ければ業務が回らない。相手が上司なら、関係の悪化がそのまま評価に響く。この逃げ場のなさが、職場特有のつらさをつくります。
この記事では、消耗している本人の立場から、いま何をすればよいか、そして異動・休職・退職・労災をどう考えればよいかを順に扱います。
自分の状態を先に整理したい方は「カサンドラ症候群セルフチェック20問」をお使いください。
職場のカサンドラ症候群が家庭より抜け出しにくい4つの理由

| 理由 | 職場ならではの事情 |
|---|---|
| 関係を選べない | 席・担当・チームを自分では決められない。避けると業務が止まる |
| 評価が絡む | 相手が上司なら、関係の悪化が人事評価や査定に直結する |
| 訴えると自分が問題児になる | 「あの人とうまくやれない人」という評判が立つことを恐れて言えない |
| 相手は仕事ができることがある | 成果は出ているため、周囲から見て何が問題か分からない |
とくに4つ目が、周囲の理解を得にくくします。 遅刻や無断欠勤のような分かりやすい問題がないため、「気にしすぎ」で片づけられてしまう。困っているのは、相手の能力ではなく、伝わらなさのほうです。
なお相手への具体的な接し方(指示の出し方、NG対応、上司への相談の例文)は「発達障害の同僚に疲れた…自覚なしの場合の接し方と自分を守る方法」で詳しく扱っています。この記事は、あなた自身の消耗をどうするかに絞ります。
職場のカサンドラ症候群でよく出る不調

家庭の場合と重なりますが、職場では次のような出方が特徴的です。
- 出勤前や月曜の朝に、動悸や腹痛が出る
- その人が休みの日だけ、驚くほど体調がよい
- 業務時間外もその人とのやり取りを思い返してしまう
- 自分の判断に自信が持てなくなり、確認の回数が増える
- 「自分の伝え方が悪い」と考える時間が増えた
「その人が休みだと調子がいい」は、原因が関係の側にあることを示す分かりやすいサインです。性格の相性ではなく、環境の問題として扱ってよい状態だと考えてください。
不眠や食欲の変化が2週間以上続いているなら、症状としての対処ができます。まず内科でも構いません。
会社に相談する前に、記録を3つ揃えてください

訴えが通るかどうかは、内容よりも記録の有無で決まります。 「話が通じない」「疲れた」だけでは、受け取る側は動きようがないためです。
| 揃えるもの | 具体的に |
|---|---|
| 事実の記録 | 日付・場面・何を伝え、どう返ってきたか。感情の記述は分けて書く |
| 業務への影響 | 手戻りの回数、残業時間の増加、納期の遅れなど数えられるもの |
| 自分の体調 | 受診の有無、診断名、就業に関する医師の意見 |
診断名を出す必要はありません。相手を診断しようとするのも避けてください。伝えるのは「相手が発達障害かどうか」ではなく、「業務にどんな支障が出ているか」です。 前者は憶測になり、後者は事実として扱われます。
相談先の順番|社内から社外へ

社内で使えるもの
| 相談先 | 使いどころ |
|---|---|
| 直属でない上司・人事 | 業務配分や席の変更を実際に動かせる |
| 産業医 | 体調が絡むとき。常時50人以上の事業場には選任義務があります(労働安全衛生法) |
| ストレスチェックの高ストレス者面接 | 50人以上の事業場は実施義務あり。面接指導を申し出られる |
| 社内相談窓口・ハラスメント窓口 | 暴言や無視がある場合 |
産業医に相談した内容は、本人の同意なく人事へ共有されるものではありません。体調の話から始められる点で、いきなり人事へ行くより入りやすい経路です。
社外で使えるもの
総合労働相談コーナーは、いじめ・嫌がらせ・配置転換を含むあらゆる労働問題を予約なしで相談できます。 「まだ相談するほどでは」と迷う段階でも使えます。
窓口の情報は厚生労働省「こころの耳」および「総合労働相談コーナーのご案内」にもとづく2026年9月時点のものです。
異動・休職・退職を考える順番

いきなり退職を選ぶ前に、試せる段階が3つあります。
| 段階 | 内容 | 動かす相手 |
|---|---|---|
| 1. 業務の分離 | 席、担当、報告経路を変える。関わる頻度を減らす | 直属でない上司・人事 |
| 2. 異動・配置転換 | 部署を分ける。相手を動かすか自分が動くかは会社が決める | 人事 |
| 3. 休職 | 医師の意見をもとに一度離れる | 産業医・主治医・人事 |
順番に意味があります。1を試さずに異動を求めると、「わがまま」と受け取られやすくなります。 逆に1を記録つきで試した事実があれば、2以降の主張が通りやすくなります。
体調が落ちている状態で退職を決めるのは、家庭の場合と同じく勧められません。判断力が戻ってから決めても遅くありません。
職場のカサンドラ症候群で労災は認められるか

「カサンドラ症候群」という名前では労災認定されません。 医学的な診断名ではなく、DSM-5-TRにもICD-11にも記載がないためです。
ただし、それによって実際に発病した精神障害(適応障害、うつ病など)については、労災の対象になり得ます。
認定要件は3つ
厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」では、次の3つをすべて満たすことが要件とされています。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- その精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
要件1が、カサンドラ症候群という名称では通らない理由です。受診して診断を受けているかどうかが、実務上の分かれ目になります。
2023年9月に基準が改正されています
| 改正点 | 内容 |
|---|---|
| 心理的負荷評価表の見直し | パワーハラスメントの6類型すべての具体例、性的指向・性自認に関する精神的攻撃等を明記。顧客等からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)を追加 |
| 悪化事案の範囲拡大 | 業務外で既に発病していた精神障害でも、「特別な出来事」がない場合に「業務による強い心理的負荷」により悪化したと医学的に判断されるときは、業務との因果関係が認められる |
| 医学意見の収集方法 | 専門医3名の合議を必須とする範囲を見直し、決定までの期間を短縮 |
出典: 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」(2023年9月1日)
認定されるかどうかを、この記事では判断できません
心理的負荷の強度は、出来事の内容と経過を個別に見て判断されます。判断するのは労働基準監督署であり、記事やチェックリストではありません。
請求先は最寄りの労働基準監督署または都道府県労働局です。認定の見込みを知りたい段階でも、労災保険相談ダイヤル(0570-006031)や総合労働相談コーナーで相談できます。
相手が上司・同僚・部下のどれかで、打ち手が変わります

| 相手 | 使える手 | 注意点 |
|---|---|---|
| 上司 | 直属でない上司・人事・産業医へ。評価への影響を避けるため記録を先に | 本人に直接指摘しない。関係が悪化すると逃げ場がなくなる |
| 同僚 | 業務分担と報告経路の変更を上司に相談 | 「性格が合わない」ではなく業務上の支障として伝える |
| 部下 | 指示の出し方の見直しと、人事への配置相談を並行 | 指導する立場の消耗は見過ごされやすい。自分の体調も記録する |
相手が部下の場合、消耗していること自体を言い出しにくくなります。 「マネジメントできていない自分の問題」と受け取られることを恐れるためです。ですが指示が通らない状態が続けば、管理する側が疲弊するのは当然の反応です。
職場のカサンドラ症候群に関するよくある質問

- Q職場のカサンドラ症候群で退職することになりますか?
- A
退職が前提ではありません。業務の分離、異動、休職という段階があり、多くは退職の前に試せます。ただし1〜2年にわたって改善が見込めず、体調も戻らない場合、環境を変える選択が現実的になることはあります。決めるのは体調が戻ってからで構いません。
- Q病院で「職場のカサンドラ症候群」と診断してもらえますか?
- A
その名称での診断はありません。医療機関では、実際に出ている抑うつ状態、適応障害、不眠などについて診断と治療が行われます。受診時は「職場の特定の人との関係で消耗している」という経過を伝えると話が早くなります。
- Q相手に発達障害の可能性があると、会社に伝えてよいですか?
- A
伝えないでください。診断は医師にしかできず、憶測で特定の人に障害があると伝えることは、その人の不利益になり得ます。伝えるのは「どんな業務上の支障が出ているか」という事実に限ってください。会社が対応するために必要な情報はそちらです。
- Q産業医に相談したことは、人事に伝わりますか?
- A
本人の同意なく人事へ共有されるものではありません。産業医は労働者の健康を守る立場で選任されています。ただし就業上の措置(配置転換や休職)が必要と判断された場合は、必要な範囲で会社に意見が伝えられます。何をどこまで伝えるかは、事前に産業医に確認できます。
- Q会社に産業医がいない場合はどうすればよいですか?
- A
産業医の選任義務は常時50人以上の事業場にあるため、小さな事業場には産業医がいないことがあります。その場合は、地域産業保健センター(50人未満の事業場を対象とした国の窓口)や、総合労働相談コーナー、こころの耳電話相談が使えます。
- Q異動を希望したら、自分のほうが飛ばされませんか?
- A
会社がどちらを動かすかは、業務上の必要性で決まります。だからこそ記録が重要になります。手戻りの回数や残業時間の増加といった業務への影響が示せれば、個人的な好き嫌いの話として扱われにくくなります。
- Q自分が我慢すれば済む話ではないですか?
- A
我慢で解決する構造ではありません。伝わらない状態は、相手に特性がある場合、こちらの努力量では変わらないことがあります。それはあなたの忍耐が足りないという話ではなく、環境の側で調整すべき問題です。
まとめ:職場は、環境を動かせる場所でもあります

- 職場のカサンドラ症候群がつらいのは、関係も相手も自分では選べないから
- 会社に相談する前に、事実・業務への影響・自分の体調の3つを記録する
- 伝えるのは「相手が発達障害か」ではなく「業務にどんな支障が出ているか」
- 退職の前に、業務の分離 → 異動 → 休職という段階がある
- カサンドラ症候群という名前では労災認定されないが、発病した精神障害は対象になり得る
- 総合労働相談コーナーは予約不要・無料。迷う段階で使ってよい
家庭が相手の場合と違い、職場には産業医、人事、労働局という制度上の窓口があります。 一人で抱える必要はありません。
関連記事: 相手への接し方は「発達障害の同僚に疲れた」、配慮の求め方は「発達障害の合理的配慮とは?職場で頼める具体例と伝え方」、消耗そのものの立て直しは「カサンドラ症候群から抜け出すには」をご覧ください。
本記事は情報提供を目的としており、医師による診断や、社会保険労務士・弁護士による個別の助言に代わるものではありません。カサンドラ症候群は医学的な診断名ではなく、DSM-5-TRおよびICD-11に記載はありません。労災認定の可否は、個別の事情にもとづき労働基準監督署が判断します。症状が続く場合は医療機関をご受診ください。
記載した制度・窓口の情報は2026年9月時点のものです。
記事監修: 平川病院 産業医・発達障害専門医


