「また同じミスをしてしまった…」
「どうして、自分はこんなにできないんだろう」
何度も注意されるたびに、そうやって自分を責めていませんか?
あるいは、部下や同僚、家族に対して「何度言ったらわかるんだ!」「やる気がないんじゃないか?」と、苛立ちや徒労感を覚えていませんか?
もし、あなたやあなたの周りの人が「何度も注意されても治らない」状況に深く悩んでいるなら、それは本人の性格や努力不足、やる気の問題ではないのかもしれません。その行動の背景には、脳機能の特性、特に発達障害が関係している可能性があります。
この記事では、医学的な知見に基づきながら、その原因として考えられること、そして当事者本人と周囲の人が、明日から具体的に何をすれば良いのかを、分かりやすく解説していきます。一人で抱え込まずに、一緒に解決の糸口を探していきましょう。
▼記事を読むのが面倒な人のためにAI解説動画を作りました。読み間違いはご容赦くださいませ。
「何度も注意されても治らない」背景にある3つの可能性

「うっかりミス」や「物忘れ」は誰にでもありますが、それが頻繁に起こり、仕事や日常生活に大きな支障をきたしている場合、背景に以下のような発達障害の特性が隠れている可能性があります。発達障害は病気ではなく、生まれ持った脳機能の特性によるものです。
1. ADHD(注意欠如・多動症)の特性
ADHDは、「不注意」と「多動・衝動性」を主な特性とする発達障害です。DSM-5(アメリカ精神医学会の診断基準)では、これらの症状が12歳以前から現れ、複数の場面で6ヶ月以上持続していることが診断の要件となっています。
不注意:注意が逸れやすく、ミスや忘れ物が多い
ADHDの「不注意」特性があると、集中力を持続させたり、注意を適切に配分したりすることが苦手です。
- 具体例:
- ケアレスミスが多い(書類の誤字脱字、数字の入力ミスなど)
- 話を聞いていても、他のことに気を取られて内容が頭に入らない
- 物の置き忘れや、やらなければいけないタスク自体を忘れることが多い
- 順序立てて物事を進めるのが苦手
これは、目の前のタスクよりも、頭に浮かんだ別の考えや、周囲の刺激(音や光など)に注意が向きやすいために起こります。
多動性・衝動性:落ち着きがなく、思いつきで行動してしまう
「多動性」はそわそわして落ち着かない様子、「衝動性」は深く考えずに行動してしまう特性を指します。
- 具体例:
- 会議中など、静かに座っているのが苦手
- 相手の話を最後まで聞かずに、遮って話し始めてしまう
- 思いついたことをすぐに行動に移し、結果的にミスにつながる
指示を最後まで聞く前に「わかった!」と思って行動してしまい、結果的に指示内容と違うことをしてしまう、というケースは衝動性が関係している可能性があります。
2. ASD(自閉スペクトラム症)の特性
ASDは、DSM-5で従来の自閉性障害、アスペルガー障害などが統合された診断名で、社会的コミュニケーションやコミュニケーションの困難さ、限定された興味やこだわりといった特性を持つ発達障害です。
こだわりの強さ:独自のルールや手順があり、変更が苦手
ASDの特性があると、自分なりの手順やルールに強くこだわる傾向があります。そのため、周囲から見れば非効率に思えるやり方を変えられなかったり、急な変更に対応できなかったりします。
- 具体例:
- 「まずはAの作業から始める」という自分の手順を変えられない
- マニュアルにない例外的な対応を求められると、混乱してしまう
- 注意されても、「自分のやり方の方が正しい」と感じてしまい、修正できない
これは、本人が意固地になっているのではなく、決まったパターンでないと安心できず、見通しが立たないことへの強い不安を感じるために起こります。
想像力の特性:言葉の裏を読んだり、曖昧な指示を理解するのが難しい
言葉を文字通りに受け取る傾向があり、「あれ、やっといて」「適当にお願い」といった曖昧な指示を理解するのが苦手です。
- 具体例:
- 「なるべく早く」と言われても、具体的にいつまでか分からず、後回しにしてしまう
- 皮肉や冗談が通じず、言葉通りに受け取って傷ついたり、怒ったりする
- 前後の文脈から相手の意図を汲み取ることが難しい
注意された内容が曖昧だと、何をどう改善すれば良いのかが分からず、結果的に同じことを繰り返してしまうのです。
3. 学習障害(LD)やその他の可能性
DSM-5では「限局性学習症」と呼ばれる、特定の分野で、知的な遅れはないものの、情報の処理に困難が生じる状態です。
特定の情報の処理が困難(読む、書く、計算するなど)
例えば、読むことが極端に苦手(読字障害)、文字を書くことが苦手(書字障害)など、特定の学習能力に困難を抱えている場合があります。何度注意されても書類の誤字が多い場合、単なる不注意ではなく、書字障害の可能性も考えられます。
ワーキングメモリの弱さ
ワーキングメモリとは、作業や会話のために、一時的に情報を記憶し、同時に処理する脳の機能です。この機能が弱いと、以下のようなことが起こります。
- 複数の指示を一度に覚えることができない
- 会話の内容をすぐに忘れてしまう
- 作業中に別のことを頼まれると、元の作業を忘れてしまう
これらの特性は、どれか一つだけ当てはまるというより、複数併せ持っている場合も多くあります。また、発達障害の診断を受けていなくても、その傾向が強い「グレーゾーン」の人もいます。
【当事者向け】明日からできる7つのセルフケアと対処法

もしあなたが「自分はそうかもしれない」と感じたなら、自分を責める必要は全くありません。脳の特性に合った工夫をすることで、仕事や生活はずっと楽になります。
1. 「忘れる」前提で仕組みを作る
人間の記憶力には限界があります。特にADHD傾向のある人は、ワーキングメモリが弱い場合があります。「気合で覚えよう」とするのではなく、忘れても大丈夫な仕組みを作りましょう。
タスク管理ツールやリマインダーを徹底活用する
スマホのアプリ(Todoist, Microsoft To Doなど)やGoogleカレンダーのリマインダー機能を使い、やるべきことを全て書き出しましょう。「15時に〇〇さんに電話する」といった細かいタスクも全て登録し、通知が来るように設定します。
チェックリストを作成し、指差し確認を習慣化する
毎日のルーティン業務や、ミスが許されない重要な作業は、手順を書き出したチェックリストを作りましょう。そして、一つ一つの項目を指で差し、「ヨシ!」と声に出して確認する「指差し呼称」は、注意を向けさせ、ミスを劇的に減らす効果があります。
鉄道総合技術研究所の実験では、指差し呼称を行うことで、操作ミスの発生率が約6分の1に減少することが科学的に証明されています。
2. 情報を整理・単純化する
一度に多くの情報が入ってくると、脳が混乱しやすくなります。情報をシンプルに整理する工夫をしましょう。
指示は必ずメモを取り、声に出して復唱する
上司などから指示を受けたら、必ずメモを取る習慣をつけましょう。そして、最後に「〇〇というご指示ですね。承知いたしました」と復唱して、認識にズレがないか確認します。これは、相手にとっても安心感につながります。
1つの作業に集中できる環境を整える
可能であれば、デスク周りの不要な物を片付け、視覚的な刺激を減らしましょう。また、「この1時間はメールを見ない」など、マルチタスクを避けるためのルールを自分で決めることも有効です。
3. 周囲に理解と協力を求める(合理的配慮)
一人で全てを抱え込む必要はありません。信頼できる上司や同僚に、自分の特性を伝え、必要な配慮をお願いすることも大切です。これは「わがまま」ではなく、誰もが働きやすくなるための「合理的配慮」という考え方です。
2016年に施行された障害者雇用促進法では、企業は障害のある従業員に対して合理的配慮を提供することが義務付けられています。実は、一般雇用においても合理的配慮を求める権利があり、障害者手帳の有無に関わらず、障害の証明ができれば適用される場合があります。
自分の特性を伝え、具体的な指示をお願いする
「自分は口頭での長い指示を覚えるのが苦手なので、箇条書きのテキストでいただけると、とても助かります」のように、具体的にどうして欲しいかを伝えましょう。
<表>当事者から周囲へのお願いリスト例
苦手なこと | 具体的なお願いの仕方 |
---|---|
口頭での長い指示を覚えること | 「お手数ですが、チャットやメールで要点を送っていただけないでしょうか?」 |
曖昧な表現の理解 | 「『なるべく早く』とのことですが、〇日の〇時までという認識でよろしいでしょうか?」 |
急な予定変更への対応 | 「もし可能でしたら、変更点は早めにご共有いただけると大変助かります。」 |
複数の作業を同時に進めること | 「大変申し訳ありませんが、Aの作業が終わるまで、少しお待ちいただけますでしょうか?」 |
【周囲の人向け】関わり方を変える7つのヒント

部下や同僚の同じミスに、つい感情的になってしまうこともあるかもしれません。しかし、感情的な叱責は逆効果です。関わり方を少し工夫するだけで、状況が大きく改善する可能性があります。
1. 「なぜ?」ではなく「どうすれば?」で考える
「なぜ、また同じミスをしたんだ!」と過去の失敗を責めても、状況は好転しません。それよりも、「どうすれば、このミスを防げるだろう?」と一緒に未来志向で考えることが重要です。
人格ややる気を責めず、行動の背景にある特性を理解する
「やる気がない」「真面目に聞いていない」といった人格否定は絶対にやめましょう。本人は誰よりも悩み、苦しんでいる可能性があります。「忘れやすい」「注意が逸れやすい」という脳の特性が背景にあるのかもしれない、という視点を持つことが第一歩です。
2. 指示の出し方を工夫する
伝え方を変えるだけで、相手の理解度は格段に上がります。
指示は1つずつ、具体的かつ明確に伝える
「AとBとCをやっておいて」ではなく、「まずAを終わらせてください。終わったら報告をお願いします」というように、指示は1つに絞ります。また、「なるべく早く」ではなく「今日の15時まで」、「適当に」ではなく「〇〇のフォーマットを使って」など、5W1Hを明確に伝えましょう。
口頭だけでなく、テキストや図でも残す
口頭での指示に加えて、チャットやメールで内容をテキストとして残しましょう。視覚的な情報の方が理解しやすい人も多いため、簡単な図やフローチャートを使うのも非常に効果的です。
3. 環境を調整する
本人の努力だけに頼るのではなく、ミスが起こりにくい環境を整えることも、マネジメントの重要な役割です。
集中できる座席への変更や、ノイズキャンセリングイヤホンの許可
周囲の雑音が気になって集中できない人には、壁際の席に移動させたり、業務に集中するためのイヤホンの使用を許可したりするなどの配慮が考えられます。
ミスが起こりにくい仕組み(ダブルチェック体制など)を導入する
重要な書類は、必ず他の人がダブルチェックする体制を整えるなど、個人の特性に依存しない仕組みを作ることで、チーム全体のリスクを減らすことができます。
専門家への相談も選択肢に|一人で抱え込まないで

ここで紹介する対処法は、あくまで日常生活や仕事の中での工夫です。根本的な課題の解決や、医学的な診断・治療については、必ず専門家の助けを借りてください。
相談できる場所はどこ?
- 発達障害者支援センター
発達障害のある人やその家族からの相談に応じ、助言や情報提供、支援機関の紹介などを行ってくれる公的な専門機関です。都道府県・指定都市により全国に設置されており、無料で相談できます。 - 精神科・心療内科
発達障害の診断や治療(薬物療法など)を行えるのは医師だけです。二次障害として、うつ病や不安障害を併発している場合もあるため、気になったらまずは受診を検討してみましょう。 - 就労移行支援事業所
障害者総合支援法に基づく福祉サービスで、障害のある人が一般企業への就職を目指すためのトレーニングや就職活動のサポートを原則2年間受けられる制度です。自分の特性に合った仕事を見つける手助けをしてくれます。
診断を受けるメリット・デメリット
診断を受けるかどうかは、個人の自由であり、慎重に考えるべき点です。
<表>診断のメリット・デメリット比較
メリット | デメリット |
---|---|
・自分の特性を客観的に理解でき、自己理解が深まる | ・「障害者」というレッテルを貼られたように感じる可能性がある |
・必要な配慮(合理的配慮)を職場などに求めやすくなる | ・診断名にとらわれすぎて、自分らしさを見失う可能性がある |
・障害者手帳の取得により、様々な福祉サービスを利用できる | ・生命保険の加入時に告知が必要な場合があり、個別の事情により影響を受ける可能性がある |
・同じ特性を持つ仲間と繋がりやすくなる | ・診断がつくまでに時間や費用がかかる |
※生命保険への影響については、個々のケースや保険会社の方針により異なるため、具体的な影響については各保険会社に直接ご相談ください。
まとめ:特性を理解し、適切なサポートで未来を変えよう

「何度も注意されても治らない」という現象は、決して本人の甘えや努力不足が原因ではありません。その背景には、ADHDやASDといった、生まれ持った脳機能の特性が関係していることが多くあります。
大切なのは、その特性を正しく理解し、本人と周囲が協力して、ミスが起こりにくい仕組みや環境を作っていくことです。
【周囲のあなたへ】
相手を責める前に、伝え方や環境に工夫の余地はないか、一度立ち止まってみてください。あなたの少しの配慮が、本人のパフォーマンスを大きく引き出し、チーム全体の生産性を高めることにも繋がります。
【当事者のあなたへ】
自分を責めるのは今日で終わりにしましょう。あなたのせいではありません。メモやツールを使い、時には周りの人に協力を求めることで、あなたの能力はもっと発揮されるはずです。
この記事が、長年の悩みから解放され、より良い未来へと踏み出すための一助となれば幸いです。一人で抱え込まず、ぜひ専門機関にも相談してみてください。
※注意事項:
本記事は情報提供を目的としており、自己診断を促すものではありません。気になる症状がある場合は、必ず専門の医療機関にご相談ください。
記事監修: 平川病院 産業医・発達障害専門医